2008年11月22日土曜日

サイエンスアゴラ

いよいよ明日、サイエンスアゴラでの上映&語り合いです。  
http://scienceportal.jp/scienceagora/agora2008/081123/2-16.html  
11月23日(日) 17:30-19:00 日本科学未来館 7F  イノベーションホール  
司会進行は、中尾麻伊香(東京大学総合文化研究科)、林衛(富山大学 人間発達科学部)が務めます。  
上映後は、山口勝さん(NHKアナウンサー)、立花浩司さん(サイエンス カフェ・ポータル)、そして元村有希子さん(毎日新聞科学環境部)に 語り合いの口火をきっていただく予定です。  
19時からはサイエンスアゴラの懇親会もあるのでぜひご参加ください。 懇親会参加費は千円です!

2008年11月21日金曜日

日本の原爆研究

先日、東京理科大の科学史の授業に招いていただき、学生にドキュメンタリーを見てもらいました。
科学史の授業ですが受講生の多くは、20歳前後の若い科学者の卵です!
率直な質問やコメントをいただき、ちゃんと答えられるように精進したいと思いました。
中でも、日本で行われていた原爆研究について質問が集中したように思います。
なぜかと思えば、日本で原爆研究が行われていたということを見聞きしたことのある学生は、約100人中1人だったのでした。。

ということで、ここでは詳しいことは書きませんが、先行研究をいくつか紹介したいと思います。


日本の原爆開発史については、新聞の連載や週刊誌などに関係者の回想録といった形で少しずつ伝えられてきました。ただし「原爆」といっても、完成にはほど遠く、初歩的な理論研究しかできていなかったというのが先行研究の一致した見解です。それを念頭においた上で。

まずは50年代に、関係者による回想録として紹介され始めました。陸軍技術少佐として原爆研究に携わっていた山本洋一は1953年ごろから週刊誌などに記事を書き、のちに『日本製原爆の真相』としてまとめています。

1967年から1975年にかけて『読売新聞』が連載した「昭和史の天皇」は、新聞記者が戦時中の出来事を関係者のインタビューを通して掘り起こしていったものですが、第4巻は日本の原爆開発にあてられています。これによって、はじめて日本の原爆研究の全体像が明らかになったといえます。

また、戦時史研究者の保阪正康は70年代に原爆開発についての調査を行い、雑誌に連載した内容を『戦時秘話―原子爆弾完成を急げ』にまとめています。

90年代後半から科学史研究者の山崎正勝らが、残されている一次資料をあたり、戦時中の原爆研究の内実を明らかにしてきました。これは学会誌『科学史研究』や『技術文化論集(東工大技術構造分析講座紀要)』などで発表されています。
また、2006年に出版された『仁科芳雄往復書簡集Ⅲ』も当時の研究状況を知るのに格好の資料といえます。

近年ではウォルター・E・グルンデン(戦時期の兵器開発)、モーリス・ロウ(戦時体制と物理学)らも調査を行っています。


これらの研究は、入手しにくいものが多いかもしれません。
(絶版になっているものは国会図書館などにいかないと読めません。多分)
また、記述の誤りが指摘されているものもあります。
ネットで見れるものとしては、

テレビ朝日
http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/toppage/060806_010.html

こちらは京大のF号研究に関する日経新聞の連載です

「秘史・日本の原爆研究」
http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/news001375.html


Mark Walker は"Nazi Science: Myth, Truth, and the German Atomic Bomb"でナチスの原爆をめぐる神話と実際を書いています。彼は、ドイツの物理学者が原爆の理論をよく知らなかったという従来説を、資料によって覆した(つまり、ドイツの物理学者は原爆の理論をちゃんと理解していた)りしたのですが、日本の原爆研究をめぐる歴史についても、新たな説がでてくる可能性があります。

ここにあげている情報もすべてが正しいとは限らないので、
何か気づくことがあれば、ご指摘ください。
ということで、いったん終わります。

ポスター

少し前にポスターを作りました。

↓こちらのページからダウンロードしてください!
http://scicom.edu.u-toyama.ac.jp/cyclotron2008agora.pdf

文字情報を以下に貼付けます。

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ドキュメンタリー映画 よみがえる京大サイクロトロン

1945年11月24日、GHQの占領政策により日本国内にあったサイクロトロンが
すべて破壊された。この破壊は米国の物理学者たちから、GHQの蛮行であると
非難された。科学を知らない軍人が、サイクロトロンを原爆製造の道具と勘
違いしたというのである。

それから60年以上が経過した2006年2月、京都大学総合博物館に、破壊された
はずのサイクロトロンの一部が保管されていることが明かされた。
その部品はなぜ破壊を免れ、その後どのような経緯を辿ってきたのか。

関係者へのインタビューや歴史資料からサイクロトロンの歴史をめぐる謎に迫る。

2008年 試写版 74分
制作・監督.中尾麻伊香 制作監修.林衛 編集.鈴木恵生 企画.塩瀬隆之

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次回上映は
2008年11月23日(日)17時半~
サイエンスアゴラ2008(日本科学未来館)

ドキュメンタリー映画『よみがえる京大サイクロトロン』は2005年の秋から開催された「サイエンスライティング講座@京都」をきっかけにサイクロトロン部品と出会った制作者が、その後2007年の「科学コミュニケーター・サマーセミナー」などを経て、映像作品にまとめたものです。
これまで、京都、札幌、東京、山梨、富山などで上映試写会を行ってきました。
より詳しい情報や今後の予定についてはブログをご覧ください。
http://www.kyotocyc.blogspot.com

*関連情報*
日経新聞「湯川秀樹の遺伝子」2008年1月から関西版に連載されました!
その他、さまざまなメディアで紹介されています。
日本加速器学会誌第5巻1号から2号まで、関連論文を執筆しています。
『市民科学』第20号に、市民科学講座として行われた上映会の報告記事があります。
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2008年11月3日月曜日

台湾訪問

10月の終わりから11月にかけて台湾を訪問してきました。

台湾は、日本植民地時代に荒勝文策らが加速器による原子核破壊実験をアジアで初めて成功させた土地です。

(1934年に、台北帝国大学でコッククロフトウォルトン型加速器を完成させました)

今の台湾に、その足跡は残っているのか。 。

台北帝国大学の後身である台湾大学には2005年に原子核物理の展示室 (NTU Heritage Hall of Physics) が開設されました。 展示室の目玉は再建された1948年の加速器ですが、この展示室ができる前は台湾大学における原子核物理の歴史は散在していたそうです。

この展示室をつくる中心人物となったのが科学史の学位をとり物理学科でポスドクをしていた張幸真博士です。張博士が制作したドキュメンタリー『衝破原子核』は、なくなってしまった加速器を求める張博士らの調査からはじまり、加速器がすでに年老いた当時の研究者たちの手によって再建されるという、彼らの加速器に対する情熱がじんじんと伝わってくる作品です。

私たちの訪問にあわせて、加速器建設に携わった先生方にもお越しいただきました。(写真は先生方と一緒に再建された加速器を背景にとってもらったものです。)

展示室には、加速器実験をはじめた荒勝文策、木村毅一らの写真や関連史料もおかれていました。こうした一連の動きがなければ、台湾における荒勝らの足跡は消え去っていたままでした。

ここに展示館パンフレットに載っている説明文を引用掲載します。
NTU Heritage Hall of Physics is located at the original Nuclear Physics Laboratory in the Building No.2 of UTU. The Hall displays Cockcroft-Walton Linear Accelerator, which was built by Professor Arakatsu Bunsaku at the predecessor of National Taiwan University (named as Taihoku Imperial University). In 1934, Professor Arakatsu and his team demonstrated, for the first time in Asia, the linear collision of nucleus by utilizing Cockcroft-Walton Accelerator. After the WWII, under Chairperson Tai Yuin-Kwei and the team members rebuilt the acceleraeor. In 1948, the team once again succeccfully accelerated protons to break up the nucleus of lithium. In 2005, Professor Hsu lead young group to reassemble the first linear accelerator and set up Herritage Hall of Physics. They connect the lost parts of Taiwan's science history by video and made into the documentary.

このような博物館ができた経緯について物理学科のディレクターは、イギリスの大学(たしかオックスフォード)に行ったときに、博物館展示の重要性に気づき、この展示室をつくることにしたと語ってくれました。

台湾大学では、研究の成果を博物館のような形でしっかりとPRしていこうという体制が整っていました。「台湾大学博物館群」として、校史、人類学、地質、物理、昆虫、農業、植物、動物、史料、人文、それぞれの展示室があり、各々ロゴまでしっかり作成されていました。
博物館群の中心となる校史館では台湾大学の歴史と現在の研究までを網羅しており、私たちの訪問にあわせて台湾大学の院生が解説をしてくれました。(彼は週に2~3回、ボランティアで海外からの来客に解説をしているそうです。とてもまねできません!)

一方、ここでは主要な目的がPRであるために、史料の保存はあまり期待できないように思われました。張博士は別なところに就職して物理学科を去り、ナノ研究をしている若い教授は新たな物理の展示室を作りたいと語ってくれました。原子核物理展示室の設立もすでに歴史の一部なのだなあと感慨深く思いました。とはいっても一度つくられた展示室とドキュメンタリーは、見た人が彼らの歴史に向かい合う入り口となり続けるでしょう。

これは雑駁とした印象ですが、台湾の大学や博物館では日本植民地下の日本人科学者の業績を非常に肯定的に、台湾における科学の基礎を作ったとして捉えられているように見えました。この点については、植民地という問題とともに考えていきたいと思います。(このブログの冒頭でも用いていますが「アジア初」という少々奇妙な表現もこの問題をどのようにとらえるのかということの難しさをあらわしているように思います。)

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今回、台湾大学のほかにNSRRC(国家同歩輻射研究中心)や精華大学を訪れ、手作りで実験装置をつくることにかける情熱を感じることができました。加速器の研究者と一緒にまわったことも、その理由もひとつかもしれません。
今回は、竹腰先生はじめ京都大学やKEKの加速器の先生方に同行させていただき、貴重な経験をすることができました。 この経験を今後につなげていきたいとまた忙しくなりそうなこのごろです。

上映予告(サイエンスアゴラ)

「『よみがえる京大サイクロトロン』上映&語り合いの会」を11月22日から24日にかけて開催されるサイエンスアゴラでおこないます。

日時:11月23日(日) 17:30-19:00
会場:日本科学未来館 7F イノベーションホール

http://scienceportal.jp/scienceagora/agora2008/081123/2-16.html

昨年はサイエンスアゴラで予告編のみ上映しました。
今年はいよいよ本編の上映になります。

11月24日はサイクロトロンが破壊されてから63年目にあたります。
その日にあわせて上映をしたいと思ったのですが、事情により前日の23日になりました。

広めの会場なので、ぜひみに来てください!